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1950年に33歳で亡くなった天才ピアニスト、ディヌ・リパッティをご存知でしょうか?
ステレオになる前だったので、残されたレコードは全てモノラルで、協奏曲やソナタなどわずかし残っていないのですが、いまだに根強い人気があります。 私は、カラヤンとの共演盤と最後の演奏会のライブ録音のCDを持っていますが、このリパッティ最後の演奏会(死の2ヵ月前)は、医者の反対を押し切って(リパッティ夫人の手記によると)痛み止めの注射を何本も打って、悲愴な覚悟で臨んだ演奏会だったということが分かりました。 でも聴く限りではそんなことは微塵にも感じない、新鮮な魅力にあふれた演奏なのです。 しかしながら独自の配列によるショパンのワルツ全14曲の最後の1曲を、彼は力尽きて弾けなかった、と記されています。実際リサイタルの最後になるはずだったショパンの「華麗なる大円舞曲第2番」が収録されていません。 13番目のワルツ第1番華麗なる大円舞曲のみで終わっているのです。ここで聴衆が拍手をして演奏会が終わりました。CDのタイトルにあるように「告別コンサート」とは聴衆、レコード関係者、家族、そして何よりもリパッティ本人が死期が近づいていることを理解していました。 ですから、このライブ録音は異常に聴衆は耳をそばだててリパッティの一音一音をかみしめているように感じました。咳払いや私語も全く聞こえず本当に静かに聴いているのが分かります。 そして、最後のショパンの華麗なる大円舞曲にかえて、(これはCDには収録されていませんが)夫人の手記によると最後の力を振り絞ってバッハのコラールを弾いて舞台を去ったということでした。(このコラールはBWV147「主よ人の望みの喜びよ」だと書いているのを見ました。) そして、この感動的なコンサートの後、12月2日に彼はスイスのジュネーヴ郊外の自宅で33歳の短い生涯を終えるのですが、死の30分前にレコードでベートーベンの弦楽四重奏曲第11番を聴いた後、ピアノに向かってショパンの前奏曲、そしてバッハのシチリアーノを弾いたと伝えられています。 なんという音楽への執念のすさまじさでしょうか。さぞかし口惜しかったに違いありません。でも最後に選んだ曲がバッハのシチリアーノ(フルートソナタBWV1031よりの編曲?)だとは。 私も大好きな曲ですが、この事実を知って、もう一度聴きなおしてみると・・・・・・ なんと穏やかな汚れのない美しい音楽なのでしょう。3分弱の小品ですがバッハの精神が凝縮したような傑作でした。以来この音楽を聴くとリパッティのことが思い出され目頭が熱くなります。 ブザンソン音楽祭における告別コンサート リパッティ(ディヌ) バッハ モーツァルト ![]()
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2007-06-26 Tue 23:57
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朝からしとしと雨が降り、家中じとじとして身体にもカビが生えそうな気がします。
こんな、沈みがちな気分の時、どんな音楽を聴こうかな?と思いあれこれ思案した結果、バッハのチェンバロ曲にしました。 ピアノのようにハンマーでピアノ線を叩くのではなく弦を爪弾くようなぽろぽろと鳴る音色が雨音に似ているような気がしたものですから。 パルティータ第6番ホ短調は30分ほどの大曲ですが、アルマンド、クーラント、サラバンド、ガボット、ジークと7曲の各国の舞曲をテーマにした組曲です。 しっとりとした雰囲気は静かな梅雨の時期にはぴったりです。ピアノのように強弱の差がなく、安定した静かな音色に雨音が呼応してこれほどの贅沢な至福の時があるでしょうか。 出来れば音楽を聴きながら部屋の窓から「アジサイ」の花でも眺められれば言うことはありません。 バッハ:パルティータ(全曲) レオンハルト(グスタフ) バッハ ![]() |
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2007-06-22 Fri 22:54
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大阪フィルの音楽監督・大植英次氏が演奏会の直前に体調が悪くなり入院されたのでその日の演奏会は指揮者なしで行われたというニュースを見ました。
曲目はブラームスの交響曲第4番でしたが、あまりにも急だったので代役を立てる暇もなかったのでしょうか。指揮者なしで演奏会を開催したのですが演奏は素晴らしく大成功だったと言うことでした。 もし、指揮者なしでもいい演奏が出来るのなら、これからも必要ないのでは?と思ってしまいますが、その日の演奏会はコンサートマスターが3日かけて行った練習を忠実に再現したので、まぎれもなく大植氏の解釈になっていたのでしょう。 昔は指揮者なんてなぜ必要なのだろうと思ったこともありましたが、指揮者が変れば音楽が良くもなり悪くもなるのを見てきて、なるほど指揮者はオーケストラの顔だと思いました。 長年フィラディルフィア管弦楽団の指揮をしてきたオーマンディが初めてロンドン交響楽団を指揮したレコードを聴きましたが、フィラディルファ管弦楽団とそっくりな音と演奏をしたのでびっくりしたことがあります。 なるほどバーンスタインとニューヨーク・フィル、カラヤンとベルリン・フィル、チェリビダッケとミュンヘン・フィルの個性的な名演奏があるわけですね。 ところで、指揮者なしの名演奏で思い出すのは1973年に不慮の事故死をとげたハンガリーのイシュトヴァン・ケルテスを思い出します。直前までウィーンフィルとのブラームス交響曲全集とハイドン変奏曲を録音していたのですが、ハイドン変奏曲の終曲のみがまだ録音していなかったので、指揮者なしで演奏しケルケスに捧げられたといわれています。 このCDを持っていますが、このエピソードを知って音楽を聴くとなぜか感動も倍増するようです。43歳の若さで亡くなった、将来を嘱望されていた指揮者を悼むウィーン・フィルのメンバーの、熱き思いが詰まっているように感じます。 (なお、大阪フィルの大植氏はすぐに退院され元気に活躍されています。) ブラームス:交響曲第1番 ケルテス(イシュトヴァーン) ブラームス ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ![]() |
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2007-06-18 Mon 22:11
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長年探している曲があります。それは70年代にNHK・FMで毎日夕方に放送していた「詩と音楽」のテーマ音楽です。女性と男性アナウンサーが交代で世界の詩を音楽に寄せて朗読するだけの質素な番組でした。
当時、高校生だったので学校から帰ったら、聞くとはなしに、この番組を聞いていると詩の世界と音楽の調和の素晴らしさを実感して、毎回大きな感動を得たものです。詩を文字として読むより、音楽とともに直接心に入ってくると詩の情景が目前に広がって行ったのを憶えています。 しばらくして番組が終了したので録音する機会も失われて、未だにこの音楽とは出会えていません。せめて曲名でも分かればCDを探すことが出来るのですが全くわかりません。 音楽はバイオリンのトレモノに乗ってオーボエのメロディが霧の中から現れてまた霧の中に消えてゆくような、ちょうどチャイコフスキーの交響曲第1番「冬の日の幻想」の第2楽章に似た感じでした。もちろん番組の最初と最後に出てくるだけなので、セミ・クラシックの感じがありストリング・オーケストラの美しい演奏だったと記憶しています。 どなたか、この曲が誰のなんと言う曲かご存知でしたら、お教えください。お願いいたします。なんか、初恋の人を探しているようで・・・これは会わずに記憶の中にしまっておくほうがいいのかな、などと思ってしまいますね。全曲を聞けばがっかりするかも知れないからです。 チャイコフスキー : 交響曲第1番「冬の日の幻想」&序曲「1812年」 スヴェトラーノフ(エフゲニ) ロシア国立交響楽団 チャイコフスキー ![]() |
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2007-06-15 Fri 22:39
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やっと今日梅雨入りしました。朝から曇っていて、昼過ぎには本格的に降り出しました。
むしむしと暑く身体からカビでも生えるんじゃないかと思うほどの湿気の季節が今年もまたやってきましたね。 今日こんな時に聴きたくなったのは、異国情緒たっぷりの”ケテルビー”の音楽でした。 「ペルシャの市場」で有名なこのイギリスの作曲家は1959年まで存命だったので我々の祖父の年齢ですね。 彼は作曲はもちろんの事、指揮者、レコード会社のディレクター、放送番組のプロデューサーのうえ、ピアノ、クラリネット、ホルン、チェロなどの演奏家としても活躍したそうです。 「修道院の庭で」「エジプトの秘境で」などの管弦楽曲はなんと、放送番組の穴埋めに書かれたということです。ケテルビーの曲にはエジプト、ペルシャ、中国などと外国の情景を描いたものが多いのですが、実はこれらの曲は全て想像上の異国音楽だったのです。一度も訪れることなく、頭の中での世界紀行だったということでした。 でも聴いていると、多分こんな雰囲気なのだろうな・・・と思わせるツボを押さえた見事な作曲技法は全曲最後まで飽きさせません。今ではセミ・クラシックの分野に入るのでしょうが、聞き手を楽しませてくれることに関しては立派な作品だと思います。私は単純明快で、うつくしいメロディが満載のケテルビーの音楽が大好きです。 いま、「牧場を渡る鐘」という曲を聴いていますが、明るい牧場に風が吹き渡り、どこからともなく遠くの教会の鐘の音がかすかに聞こえて来る・・・・。そんな森の中で目覚めたような爽やかな気分にしてくれる音楽です。 これを聴いていると、たったひと時だけれど、うっとうしい梅雨を忘れさせてくれますね。 ペルシャの市場にて/ケテルビー作品集 シャープレス(ロバート) ロンドン新交響楽団 ケテルビー ![]() |
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2007-06-14 Thu 21:51
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1986年に製作されたベトナム戦争を描いた映画「プラトーン」の最後の場面に使用された、サミエル・バーバー作曲の弦楽の為のアダージョの悲しいほどの美しさはどうでしょう。
この映画をはじめて見た時から、このメロディが耳から離れることがありませんでした。 映画「プラトーン」はベトナム帰還兵であるオリヴァー・ストーンがアメリカ軍の歩兵であった頃の実体験に基づき、戦争が引き起こす狂気と「正義」という名の下に行われる非人道的行為などの兵士らの赤裸々な姿を描いた映画です。『地獄の黙示録』に続きベトナム戦争を題材にした映画でアカデミー賞も受賞しています。出演した俳優は当時まだ無名に近い者が殆どを占め、予算も600万$と多くはなかったということです。 私が目に焼きついている場面は、ウィレム・デフォー演じる軍曹が共産軍のいるジャングルに置き去りにされ、敵軍からの一斉射撃で打たれて天を仰いで崩れ落ちる場面です。この場面をベトナムの陣地から飛び立ったアメリカのヘリコプターの上から、カメラが非情にも追ってゆくのです。スローモーションで撮影された残酷な場面にバーバーの悲痛なアダージョの音楽がかぶさり、見ている我々も言葉に出来ないほどの悲痛な思いが心に迫ってくるのでした。この場面を見ていて涙がぼろぼろ流れ落ちたのを忘れることが出来ません。 私はこれほど、悲痛でまた美しい音楽も知りません。以来この音楽を聴くたびにプラトーンの軍曹役をしたウィレム・デフォーの悲しい表情が浮かんできてしようがありません。 またこれほど、静かに戦争の恐ろしさ、戦争によって捻じ曲げられる人間の心の恐ろしさをまざまざと知らされる映画もありませんでした。 このような映画は他に「シンドラーのリスト」という映画とポーランドのユダヤ系のピアニストの映画「戦場のピアニスト」も思い出されます。シンドラのリストのテーマ音楽とショパンのノクターンの美しさはどうでしょう。 本来は恐ろしい戦争映画なのにテーマとする音楽の悲しいほどの美しさ、まるで神が深い悲しみに沈んでいるような気さえします。人間のおろかさ、残酷さ、底なしの欲望、あまりにも醜いので神が深く嘆いているのでしょうか。 これらの映画を見ていて、そう思わずにはいられませんでした。 余談ですが、バーバーのアダージョは確かケネディ大統領の葬儀のときに演奏されたと聞いた事があります。(レナード・バーンスタインの指揮で) あふれでる涙〜涙のクラシック・セッション オムニバス(クラシック) モンテカルロ・フィル バーバー ![]() プラトーン コレクターズ・エディション チャーリー・シーン オリバー・ストーン トム・ベレンジャー ![]() |
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2007-06-13 Wed 23:46
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テレビ朝日系「題名のない音楽会21」の司会などで親しまれた作曲家でピアニストの羽田健太郎氏が6月2日に亡くなられました。
2000年4月から司会を務めた「題名のない音楽会」は4月に収録した5月27日放送分が最後の出演になりました。 この番組はクラシックの数少ない民放番組で、私は初代の司会者「黛敏郎氏」の時からの視聴者で毎週、ほとんど日曜日の朝には見てきました。かたぐるしいとされているクラシック音楽を色んなエピソードを交えたり、また内外の演奏家を招いての楽しい30分の音楽会はとても楽しみでした。 最後の放送日の5月27日にはお元気そうだったのに、亡くなられたという記事を見てそれこそ腰を抜かさんばかりに驚いてしまいました。私は彼の編曲指揮のCDを何枚も持っているほどのファンなので本当にびっくりしました。58歳といえばまだ年金ももらえないほどの若さです。少なくとも後20年は活躍してほしかったです。 テレビの主題曲やポップス音楽では日本の第一人者として素晴らしい作品を生み出していますが、クラシックのピアノ曲の演奏も目を見張らせるテクニックの冴えがありました。なるほどこうしたクラシックの基礎の上に見事なポピュラー音楽の編曲があるのだと思いました。 今日はこれから「ピアノのエンターティナー」を偲んでCDを聴こうと思います。下記のCDには音楽を楽しまそうとする優しい気持ちにあふれた美しい演奏です。また来週はTBSでは「追悼番組」を予定しているそうですね。ぜひご覧になってください。 羽田健太郎のポップス・コンサート 羽田健太郎 新星ポップス・オーケストラ バッハ ![]() 想い出の夏 羽田健太郎 サティ ドビュッシー ![]() |
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2007-06-07 Thu 20:51
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| 夜想曲〜Nocturne〜 |
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