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高校一年生の時、音楽の授業で聞かされたこの曲には強烈な印象が残っています。
第1楽章の出だしから全オーケストラが壮大なメロディを奏する間、ピアノは和音を両手で叩きつけるだけなのです。こんな斬新な開始の音楽を始めて耳にした時は本当に驚いてしまいました。それからと言うもの、この曲の開始のメロディが耳から離れることがありませんでした。 この魅力的な冒頭のメロディも導入部分のみで二度と出てきません。豪快で独創的また繊細なロシア情緒たっぷりのこの協奏曲は、音楽史上もっとも有名で、また人気のあるものではないでしょうか。 今でこそピアノ協奏曲の傑作とされているこの曲も、作曲から初演に至るまでは苦労の連続でした。モスクワ音楽院の院長で友人でもあるニコライ・ルビンシュテインにこの草稿を披露したところ「無価値で全く演奏不能」そして全面的に書き直すようにとの忠告にチャイコフスキーは深く傷つきそして激怒して、楽譜を全く変更せずに、ドイツの指揮者兼ピアニストのハンス・フォン・ビューローにこの曲を捧げたのです。ハンス・ビューローはこの曲の素晴らしさを感じ取りアメリカを皮切りにこの曲を持って世界中を回り大成功を収めました。 もしこの曲が、友人の忠告を聞き全面的に書き直していたら、現在のように有名になったでしょうか?多分凡庸なつまらない協奏曲になったに違いありません。私はチャイコフスキーが頑固に自分を信じて出版したことに感謝したい気持ちです。それほど、この協奏曲は斬新で個性的なのです。 私はカラヤン指揮ウィーン交響楽団とロシアの巨匠リヒテルとの火花が飛び散るような共演盤が心に残っています。いや、共演というより”競演”と言った方がいいかも知れません。これは録音が少し古いので、新しい録音では奇才アルゲリッチの演奏も心に残っています。
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2007-03-31 Sat 10:01
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先日のフィギア・スケート世界選手権での1位2位の興奮がまだ残っているので、安藤美姫さんが演技した「メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲」と浅田美央さんの「モンティのチャールダッシュ」を聞くたびにあの時の感動が甦ります。
トリノ・オリンピックで優勝した荒川静香さんは「プッチーニのトゥーランドット」からのアリアで、優勝したとたんこの曲が一躍有名になりましたね。 このように銀盤の上を舞う美しい女性たちの演技を彩る、音楽の役割は想像以上に大きいのではないでしょうか? 演技者の心理はもちろんのこと、またそれを見る観客や審査員にも与える印象は、音楽によってある程度かわるのではと思わずにはいられません。 今回のメンデルスゾーンの甘く切ないヴァイオリンのメロディーに乗って、華麗な演技をする安藤美姫さんの表情を見ているだけで、なんともいえない切ないほどの感動を覚えたものです。またショート・プログラムでは豪華絢爛な千夜一夜の音楽「シェエラザード」からの音楽でした。そして浅田さんのハンガリーのジプシー音楽であるチャールダッシュの哀愁の旋律もいつもと違った印象で聴くことが出来ました。 私は、演技もさることながら、毎回今度はどんな音楽を披露してくれるんだろうか?と楽しみにしています。 さて個人的な好みですが、次回はメンデルスゾーンの序曲「フィンガルの洞窟」の音楽からはいかがでしょうか?ヴァイオリン協奏曲に負けず劣らず美しい音楽だと思うのですが・・・。こうして好き勝手に曲目を考えるのも楽しいものですね。 ところで、面白いCDが出ていたのでご紹介します。スケートで使用された名曲を集めた楽しいものです。 プリンセス&プリンス ON THE アイス2007 オムニバス(クラシック) アシュケナージ(ウラディーミル) ショパン ![]()
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2007-03-29 Thu 01:39
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生涯にたった2曲しか書かれなかったピアノ協奏曲は。ショパンの初恋の想いが込められています。それは、切ないほどの哀愁に満ちたメロディーを次々と紡ぎ出す「ピアノの詩人」ショパンの最も多感な時代に作曲されました。
ワルシャワ音楽院で学んでいた頃に知り合った、声楽家志望のコンスタンツィア・グワドコフスカという女性に想いを寄せていたのです。若きショパンは、音楽家としてデビューするには協奏曲を書かなくてはならないと考え、この時の恋心を作曲中の協奏曲のなかに切々と吐露したのです。 この心情を親友にあてた手紙の中でこう告白しています。「僕には実は理想の女性がいる。ここ半年というもの、心の中で彼女に仕えてきた。僕は彼女を夢見て協奏曲のアダージョ楽章を書いた。」(1829年10月3日)このようにして出来上がった曲が、ピアノ協奏曲第2番でした。この後すぐに第1番も書き上げて、現在ショパンの代表作の2曲の協奏曲になっているわけです。 番号が前後していますが、後に書かれた協奏曲が先に出版された為、第1番とされました。いずれにしても若き天才ショパンの初恋の想いがたっぷりと込められた瑞々しくて爽やかな協奏曲です。 ところで、内気なショパンはコンスタンツィアに愛の告白をしないまま、故国ポーランドを離れ死ぬまで帰ることがなかったというのは切ないものですね。 この宝石のような2曲の協奏曲を、叶うことのなかったショパンの恋心に思いを馳せ鑑賞すれば、また違った印象があるのではないでしょうか。 ★6枚組でこの値段とは、驚きのセットです。 ショパン名曲100 オムニバス(クラシック) ダン・タイ・ソン シンフォニア・ヴァルソヴィア ![]() |
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2007-03-25 Sun 11:52
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彼岸を過ぎて、めっきり春らしくなった今日この頃ですが、シベリウスを生んだ北欧フィンランドはまだ春は遠いのでしょう。
ここに北欧の春を思わす、シベリウス最初期の音詩「春の歌」(作品16)と言う曲があります。作品11のカレリア組曲が書かれた後というので、もうシベリウス独特の雰囲気を持った素晴らしい作品です。 北国の暗く厳しい冬が明け、白夜の夏に移ろいで行く間を駆け足で過ぎ去る、ほんのひと時の春の訪れを謳歌するような「春の歌」の旋律はフィンランド人でなくても心を震わせます。 シベリウスの音楽には人間が存在せず、ただ大自然から聞こえて来るような神秘的な音楽ですが、八百万(やおよろず)の神が存在する原始宗教がいまだにわれわれの生活と共存している日本人には特別に人気があり、CDの売り上げの多さと、また演奏会でも数多く演奏されます。 日本の森には《木霊》が存在し何百年と生きながらえた樹木には神が宿っていると《神木》として大切に扱う精神構造は、シベリウスの音楽精神が理解出来るのでしょう。フィンランド以外では例外的にシベリウスは人気があります。 私も最初期のエンサガ(伝説)から最後の交響詩「タピオラ」まで全てといって良いほど大好きです。(好きを通り越して愛していると言ってもいいくらいです。)今日も春を想うシベリウスの小品「春の歌」を聴きました。 シベリウス/音詩「春の歌」作品16&「伝説(エン・サガ)」作品9 ヤルヴィ(ネーメ) エーテボリ交響楽団 シベリウス ![]() |
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2007-03-23 Fri 11:52
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ハイドンと言えば「交響曲の父」とか、弦楽四重奏曲の形式を完成させた大作曲家だと音楽の授業で習いましたが、私は長い間バロックからベートーベンに至るまでの通過点のいち音楽家だと思っていました。
若いときに聴いた印象と言えば、古くさい退屈な交響曲だなあ・・・・くらいの印象しかなかったのです。ところが歳を経るにつれてハイドンの音楽に魅力を感じ出しました。 ハイドンの音楽には整った形式から来る安心できる健全な精神の発露があり、聴くたびに幸せな気分になります。 これはハイドンのほとんど全ての曲から感じられるもので、たとえ短調の曲であっても暗さは微塵もなく、生きているのが楽しくなるような音楽ばかりです。 私はハイドンのほとんどの交響曲や四重奏曲を聴いてきましたが、ハイドンの精神の健全さはどんな曲からも感じることが出来ます。 ほとんど全生涯に渡って書き続けられた交響曲は第1番から最後の104番まで、ほとんど同じ雰囲気で書かれており、人に言わせれば「進歩のない」とか「代わり映えのしない作風」だとも思われるでしょうが、よく聴けば聴くほど味わい深い見事な芸術作品なのです。まさに職人のつくる名人技なのです。名人には駄作というものがあるはずがありません。 例えていえば、長年の熟成を重ねた芳醇な味わいのあるワインのようなものかも知れません。 今日も香り高いワインを味わうかのように、ハイドンのパリ交響曲集を聴いています。 ハイドン:パリ交響曲集 アーノンクール(ニコラウス) ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス ハイドン ![]() |
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2007-03-17 Sat 12:24
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モーツァルト最後の交響曲第41番は、ジュピターと呼ばれています。このジュピターとは惑星のことではなく、ローマ神話の最高神のことです。モーツァルト自身が命名したのではなく後世の人が付けたということですが、なるほど、おごそかな雰囲気を持った第1楽章の出だしを聴いただけで、ジュピターと命名したのが分かります。ハ長調の晴朗な響きでまるで天国から聴こえて来るかのようです。
この交響曲の前の第40番はト短調の、悲しみをたたえた音楽なので、より一層この41番の天国的な明るさが耳に残ります。 モーツァルトがこれらの交響曲を作曲した頃は、経済状態、健康もどん底の時期で誰の為になぜ作曲されたのかも分かっていません。その上実際に演奏されたのかも不明のままなのです。 もしモーツァルトのことを知らずにこの曲を聴いたなら、決して死を前にした人間の作った音楽とは信じられないでしょう。なぜなら、どこまでも明るく希望に満ちた、躍動する魂の輝きを感じるでしょうから・・・・。 この他、ピアノ協奏曲第27番、クラリネット協奏曲、歌劇魔笛などの最晩年の音楽の透明な清らかさはどうでしょう。生活、健康状態が悪くなればなるほど、彼が作り出す芸術の純度はますます高まりました。生や死をも超越した悟りの境地にあったかも知れませんね。 私は、若いときはヴァイオリン協奏曲やフルート協奏曲などの初期の曲ばかりが好きでしたが、歳をとるにつれてこれら晩年の音楽の美しさに魅了されています。あまりにも美しすぎて涙が出るほど感動してしまいます。 ジュピターはベーム指揮ウィーンフィルの感動の演奏がお薦めです。 モーツァルト交響曲第40番&第41番 ベーム(カール) ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 モーツァルト ![]() モーツァルト:交響曲第38番〜41番 アーノンクール(ニコラウス) ヨーロッパ室内管弦楽団 モーツァルト |
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2007-03-09 Fri 16:54
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最近、低音楽器に興味が出だしました。低音楽器とはコントラバス、チェロ、ファゴットなどの低音部を受け持つ楽器です。ヴィオラも入れてもいいでしょう。
普段は目立たない、縁の下の力持ち的な存在ですが、これがしっかりしていないと音楽は成り立ちません。しかもこれらの楽器にはきらびやかな派手な音色はない代わりに、しっとりと落ち着いた温かさがあります。 私はヴィヴァルディのファゴット協奏曲とチェロ協奏曲の大ファンですが、どちらも地味で目立たない楽器を引き立てるオーケストレーションが素晴らしく。疾走する弦楽合奏の切れ目から顔を出す、チェロやファゴットのチャーミングさはどうでしょう。 深く豊かな音色から来るしっとりとした味わいはヴァイオリンやフルートなどの高音楽器からは得られないものです。 とにかく何時間聴いていても耳を刺激せずに、音楽にやさしく愛撫されているような錯覚に陥ります。共演する弦楽合奏も低音楽器に合わせて幾分低く音符が書かれているので、腰の低い安定した雰囲気があります。 バロック時代のキーのまだ発達していない不器用なファゴットを快速でこれだけのものを語らせるヴィヴァルディの作曲技巧もさることながら、当時これを弾きこなせる名手が存在したことに驚きを禁じ得ません。 明るく力強い長調の曲に比べて短調の曲の哀愁のある深い音色には、鳥肌が立つほど感動してしまいます。私はますますヴィヴァルディが好きになりそうです。 ヴィヴァルディ:チェロ協奏曲集 ロビンソン(ポール) オーフラ・ハーノイ ポール・ロビンソン ![]() ヴィヴァルディ:ファゴット協奏 ホグウッド(クリストファー) ボンド(ダニー) エンシェント室内管弦楽団 ![]() |
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2007-03-05 Mon 23:55
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1957年に亡くなったシベリウスは今年が没後50年の節目の年です。92歳の長寿を全うした大作曲家は、さぞかしたくさんの作品を残したと思われるでしょうが、60歳以降はほとんど作曲をせずに沈黙を通したことで有名です。
家族の証言によると、晩年シベリウスは交響曲第8番を書いていて近い将来完成して披露されるでしょうとのことでしたが、死後その楽譜は発見されませんでした。こうして全世界のシベリウス・ファンの期待が潰えたのですが、確かに楽譜は完成されていたようです。 シベリウスは若い頃から自己批判が強く、一度出版した楽譜を何度も書き直したり、演奏することを禁止したりしたことがありました。こういう性格が晩年、よりひどくなり未発表の曲を廃棄してしまったのかも知れません。 永く他国の支配を受けていて、音楽の辺境国フィンランドで生まれた国民的英雄シベリウスにかける国民の期待は非常に大きいものでした。若くして政府から終身年金が与えられて生活には何不自由なかったのですが、それが大きな負担になったのではなかったのでしょうか。国民の期待を一身に背負い、いい作品を書かなければならないシベリウスと、モーツァルトのように浪費家の嫁をもらって借金の返金の為、死の床まで作曲を続けたのとは雲泥の差です。 芸術家にとって安定した生活は果たして創造への後押しとなるのでしょうか?よく私はシベリウスとモーツァルトを比べてしまいます。 あまりにも貧乏で食うものにも困り、おまけに身体も壊すほどの状態では生きていくのすら難しくて、芸術どころではありませんが、中の下くらいの経済状態が一番いいのではないでしょうか? お話が横道にそれてしまいましたが、今年は没後50年ということでシベリウスに関する演奏会が開かれたり、CDなどがたくさん発売されるでしょうね。ファンとして大いに楽しみです。 シベリウス:交響曲全集 エーテボリ交響楽団 ヤルヴィ(ネーメ) シベリウス ![]() |
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2007-03-04 Sun 21:56
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昨年はモーツァルト生誕250年祭でしたが、ワルターの生誕130年祭でもありました。
私は、ベートーベンの田園のレコードで初めてワルターを知りましたが、その時にはもうすでに亡くなっていました。日本にはワルター・ファンが多くいたのに生前は一度も来日しなかったのは本当に残念なことでした。 ところで、同じ頃に活躍したフルトヴェングラー、トスカニーニと決定的に違うのは晩年ステレオで過去の演奏曲目を録りなおしてくれたことでした。今ソニーで残っている全てのステレオ録音はクラシックファンにとって大切な宝となっています。 マーラーの弟子であったワルターは直接マーラーから教えを受けたので直伝といってもいい演奏ですし、そのほか19世紀の香り漂うベートーベンやモーツァルトの演奏は現代の演奏家からは感じられないロマンティックな雰囲気が漂っています。 幾分遅い目のテンポでじっくり歌いこむモーツァルトの交響曲など、ぬくもりと歌心にあふれています。実はワルターの生涯はユダヤ人というだけで迫害を受けた悲惨なものでしたが、残された音楽にはそんなことは微塵も感じさせません。また老ワルターのために集まったコロンビア交響楽団の心のこもった温かい演奏は聴いていても幸福感でいっぱいになります。 私の敬愛するブルーノ・ワルターのことを書き出したら長くなりますので今回はこの辺で終わらせていただきますが、残された録音の全ては私の大切な宝物になっています。 私の中ではワルターは過去の指揮者ではなく、いつまでも心の中で生き続けています。折に触れて彼の指揮する音楽に触れているからです。 マーラー:交響曲第2番 クンダリ(エミリア) ウエスト・ミンスター合唱団 フォレスター(モーリン) ![]() モーツァルト : 交響曲第36番「リンツ」&第39番 コロンビア交響楽団 モーツァルト ワルター(ブルーノ) ベートーヴェン : 交響曲第2番、6番 コロンビア交響楽団 ベートーヴェン ワルター(ブルーノ) |
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2007-03-04 Sun 00:04
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| 夜想曲〜Nocturne〜 |
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