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戦争を描いた曲というのは、音の迫力はあるのですが現実感がない空想の音楽が多いですね。
例えばチャイコフスキーの1812年、ナポレオン軍に勝利した祝賀音楽です。そのほかベートーベンの戦争交響曲「ウェリントンの勝利」は大太鼓とティンパニが活躍する空想の戦争活劇でした。 そんな中で、心の底から恐ろしくなるほど戦争の情景を描いた(だろう)交響曲があります。ショスタコーヴィチです。ソビエト時代の独裁政権に抑圧された芸術家の心の中の戦争がこれほどまで、残酷にまた悲しく描かれた音楽があるでしょうか? 私は特に交響曲8番10番11番を聴くと、体の芯から震えるような恐ろしさを感じてしまいます。これらの音楽に込められた作曲家の感情が恐怖の叫びと自暴自棄と諦観そして狂乱のクライマックスへと続き、聴く者の魂を引き裂くようです。また永遠に続くかと思えるほどの緩除楽章は鎮魂歌のように暗く悲しげに響きます。 これらの交響曲があの社会主義独裁国家でよく作れたものだと感心してしまいますが、私が聴く限りこれらの音楽が社会主義体制を賛美しているようには聴こえないからです。 ショスタコーヴィチ:戦争交響曲集 ゲルギエフ(ワレリー) マリインスキー劇場管弦楽団 ショスタコーヴィチ
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2007-01-31 Wed 23:44
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![]() 昨年はモーツァルト生誕250年の記念すべき年で、世界中のクラシックファンは、いつもの年よりモーツァルトの音楽を楽しむことが出来ました。 今日の251回目の誕生日を祝って、私は交響曲第1番を聴いています。これは8歳の頃から書き始めて9歳の2月に初演された作品です。モーツァルトはその頃ロンドンに1年半ほど滞在していたので、当時ロンドンで活躍していたバッハの末っ子、クリスティアン・バッハに教えを受けたと言うことでした。 天才モーツァルトは、最先端の音楽であるクリスティアン・バッハの交響曲のスタイルを完全に吸収してしまったことは間違いがありません。そういう意味ではモーツァルトはクリステァン・バッハの後継者と言うべきかも知れません。 私は以前、クリステァン・バッハを知らなくて、初めて聴いた時”なんとモーツァルトの初期の作品にそっくりだ!”と思ったものです。 ところで、この8歳の時に書いた第1番は10分ほどの小品ですが、若々しい(当たり前ですが)実に爽やかな作品です。その後の傑作が生まれる予感のするオーラを発しています。 8歳と言えばまだ小学2年生くらいでしょうか。普通なら外で虫取りをしたり女の子ならおままごと遊びなどをしている頃でしょう。そんな小さい子供が後世に残る交響曲を作ったなんて、やはり天才ですね。 今日はそんな天才の生誕を偲びながらモーツァルトの交響曲を聴いています。
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2007-01-27 Sat 15:05
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中学生の時、コンサート・ホール・ソサエティという会員制通販専門のレコード会社で買った「水上の音楽」が初めてのバロック音楽との出会いでした。
この曲によってバロック音楽が大好きになったのです。国王のロンドンのテムズ河での舟遊びの祭に演奏されたとされるこの音楽は、実に爽やかでゆったりと流れる河を思い起こす傑作ですね。 こんなに明るくて楽しい音楽が最初の出会いだったので良かったのでしょうか、一目ぼれ(一聴きぼれ)してしまいました。 あれから何十年も経ちましたが、いまだにこの曲が大好きです。これまで数限りなく聴いてきましたが最も好きな演奏はバウムガルトナー指揮ルツェルン弦楽合奏団の演奏です。 今流行の古楽器の過激な演奏ではなく、どこまでもゆったりと進んでゆく船のように河の波の上を漂うような優雅な演奏がたまりません。 また弦楽合奏の清楚な響きに乗って美しく歌う管楽器群も名手が揃っていて惚れ惚れとしてしまいます。 特にオーボエのアンドレ・ラルドロの柔らかく夢見るような音色が最高です。ラルドロはあまりレコードを出していませんでしたが私はバッハとハイドンのオーボエ協奏曲を聴いて以来、ずっとファンだったのです。 この水上の音楽は、オーボエのほかトランペット、ホルンも活躍し名手が揃っていないと凡庸な演奏になってしまいますが、このバウムガルトナー盤ではギィ・トゥーヴロンがトランペットを吹いているのでとても盛り上がります。 今ではこれさえあれば他は要らないくらい気に入っています。
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2007-01-24 Wed 20:29
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去年はモーツァルトの生誕250年ということでCD、演奏会などあらゆる企画があって久しぶりにクラシック業界が賑わいましたね。
でも、このモーツァルト・イヤーも1月27日をもって終了ということになりました。 やるとしたら今年は生誕251年祭でしょうが、これではきりが悪いので今度は「没後250年祭」の2041年までありませんね。私はこの頃には多分生きていないと思うので、去年のモーツァルト・イヤーはいい時期にめぐり合わせたものだと感謝しています。 というのは、CD各社が競って限定盤や過去の録音をまとめたシリーズを安く発売してくれたからです。今まで手に入らなかった全集や復刻盤がCD店の店先にずらりと並んだので、ついつい購入してしまいました。去年一年間でモーツァルトのライブラリーが一挙に2倍に膨れ上がったほどです。オペラ、交響曲全集、ディヴェルティメント全集、弦楽四重奏曲全集、ピアノ協奏曲全集など手当たり次第に買ってしまいました。・・まだほとんど聴いていませんが。 最近のクラシックCDの売上の減少を防ぐ為の、格好の「ビッグ・イベント」ですから各社必死にセールスを仕掛たのでしょう。モーツァルト・ファンを自認する私にとってはうれしい事ですがこんな時でもなければ、クラシック音楽が注目されないのかと思うと少し寂しくなりますね。 ところでモーツァルトの音楽は、いくら聴いても決して聴き飽きるということが全くありません。どんな気分の時にもぴたっと寄り添ってくれて聴けば聴くほど味が出てきます。そしてまた年齢によって音楽から受ける印象が変わり新しい発見もあるのもうれしいものです。これからも以前にまして聴いてゆこうと思っています。 ところで、今年はシベリウスの「没後50年」の年ですが、モーツァルトのように何かのイベントがあるのでしょうか?
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2007-01-23 Tue 18:42
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昨年大みそかのNHK紅白歌合戦で歌われたテノール歌手秋川雅史さんの「千の風になって」がオリコンのシングルチャートで首位になりました。クラシック系のアーティストがシングル首位となったのは初めてだということです。
この曲は昨年5月発売で、オリコンによると半月後に168位でチャートに初登場。秋川さんの紅白出場決定後にトップ100、紅白放送後の先週にトップ10入りと順位を上げたのです。 私も紅白の番組で初めて聴き感動してしまいました。 作家の新井満さんが作者不詳の英語詩を訳し、曲をつけたものを、テノール歌手の秋川雅史さんがカバーしたのものでした。ゆったりしたメロディにのせて、印象深い詩がなんとも言えず、深く心に残っています。平易な詩ですが曲想とマッチしていて、なるほどヒットするはずですね。大事な人を失って悲しむ遺族や友人、恋人を天国からやさしく見守る”魂”の存在を感じるとてもユニークな詩に驚くとともに大きな感銘を受けました。 ここに新井満さんの訳詩を紹介します。 私のお墓の前で 泣かないでください そこに私はいません 眠ってなんかいません 千の風に 千の風になって あの大きな空を 吹きわたっています 秋には光になって 畑にふりそそぐ 冬は ダイヤのように きらめく雪になる 朝は鳥になって あなたを目覚めさせる 夜は星になって あなたを見守る 私のお墓の前で 泣かないでください そこに私はいません 死んでなんかいません 千の風に 千の風になって あの大きな空を 吹きわたっています 千の風に 千の風になって あの 大きな空を 吹きわたっています あの 大きな空を 吹きわたっています |
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2007-01-20 Sat 23:40
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久しぶりの寒波で冷え込んだこんな日こそ、グリーグの「ペールギュント」がぴったりです。ノルウェーの文豪イプセンの戯曲に音楽をつけたこの作品は、グリーグの代表曲となっています。
ノルウェー人の性格を表したといわれる、夢想家で冒険好きのペールギュントの冒険物語ですが、舞台はノルウェーの山村からモロッコ海岸、サハラ砂漠、カイロの精神病院、アメリカの金鉱、果てには山の魔王の宮殿まで行くという波瀾万丈の夢物語です。 戯曲は荒唐無稽のものですが、これが幸いして付随音楽は変化にとんだ楽しいものになりました。そうでなければここまで有名にはならなかったでしょう。 今では組曲として何曲かまとまって演奏されますが、一番有名なのは、モロッコ海岸の朝の気分を描いた「朝」と、母の死を嘆く「オーゼの死」そして全曲の重要な部分で3度姿を現す「ソルヴェイグの歌」はこの音楽の白眉です。 私は冬になるとチャイコフスキーやシベリウスを聴きたくなりますが、どの曲を聴いても、肌さわりの冷たい寒色系の色合いがあるグリーグも冬にぴったりの音楽だと思います。 特に他の男と結婚式を挙げている花嫁”イングリッド”を略奪して山の中に逃げ込んだもののすぐに飽きて、彼女を置き去りにする時に演奏される「イングリッドの嘆き」の音楽は数ある管弦楽の中でも最も悲痛な音楽ですね。私は何度聴いても目頭が熱くなるほどです。 愛妻家で真面目人間だったグリーグが、このぺールの非道な行動に憤りを感じて、作曲の筆が滞ったという逸話も残っているほどです。 全曲を聴けば分かると思いますが、音楽は美しいのですが、とにかくこの、ペール・ギュントという男は悪い奴ですよ。
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2007-01-19 Fri 20:53
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あのいつも いかめしい顔をしていたベートーベンには似合わない優しいロマンティックな小品です。いまでは子供でもよくピアノで弾いているおなじみの曲ですね。
この曲にはベートーベンの自筆で「エリーゼの思い出のために」と記されているところからこの名前で広く親しまれています。 彼は一生結婚はしませんでしたが女性に興味がなかったわけではありません。生涯のうち何度か恋愛はしていますが成就しなかっただけです。 このエリーゼなる女性がどんな人だったか全く出てこないのです。だからこの「エリーゼの思い出のために」というのは謎だったのですが、この楽譜がテレーゼ・ドロスディック夫人の手紙を入れた箱の中から発見されたことで、今ではこのエリーゼはテレーゼ夫人のことだったと推測されています。 そして、ベートーベンの筆跡は乱雑に書かれていて読みにくいということもあって後世の研究家がエリーゼとテレーゼとを読み違えたのかもしれません。 とにかくベートーベンも恋愛をしている時にはこんな優しいロマンティックな曲を作るんですね。こんなことにちょっと感動してしまいます。 [無料診断]今ならもれなく、あなたの傾向と恋人候補データさしあげます |
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2007-01-14 Sun 22:16
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先日、またヴィヴァルディの四季を買ってしまいました。これで四季は何十枚買ったか知れません。
CD店の店長に「これはすごい衝撃的な演奏ですよ!」と言われたことがきっかけなのですが・・・。私はこの言葉には弱くつい買ってしまいます。 聴いた感想は、店長の言うとおり、やりたい放題の斬新な演奏でした。即興的なトリルや突然テンポを落したり速めたりのそれこそ衝撃的な演奏でした。古楽器の鄙びた音色からは想像のできない、現代的な解釈でひと時も気をそらせません。マルコン指揮のバロック・オーケストラも このすき放題のテンポによく付いていって、この協奏曲を見事にまとめていました。 この協奏曲四季は日本人には人気が高く、どれほどレコードCDが発売されたか想像できないほどですが、このバロック音楽がなぜこれほど人気があるのでしょうか? 音譜は単純で伴奏も最小限度あるだけなのですが、演奏家による即興の許される範囲がひろくあらゆる解釈が可能なところが演奏者、聴衆ともに好まれる要素なのでしょうか。 以前にはマリナーやアーノンクールの斬新な演奏があって、これ以上のものは現れないだろうと思っていたら、ビオンディの古楽器による演奏が出て驚かせましたが、このカルミニョーラの登場によってまたまた驚かされました。 ノンビブラートのヴァイオリンによる明るい音色と、音楽の本質をえぐるような求心力と爽快なスピード感は今まで聴き飽きた感のある四季に新しい風を送り込んできたようです。 私はいま、彼のヴァイオリンでヴィヴァルディの協奏曲を全部聴きたいと思っています。
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2007-01-13 Sat 21:28
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37年の短い人生で優れた作品を書き続けたビゼーはモーツァルトに匹敵するくらいの天才だったかもしれません。
ビゼーの唯一の交響曲ハ長調がなぜ”まぼろし”かというと、この曲はビゼーが17歳でパリ音楽院の学生の時に書き上げた習作で、作品番号もなく作曲から80年後の1935年にやっと日の目を見たと言う「幻」の交響曲だからです。 17歳の少年が書いた曲だとは信じられないくらいの素晴らしい作品で全編に青春を謳歌するかのようなうきうきとする精神の高揚があります。もしこの作品が世に認められ、その後交響曲作家としてどんどん作品を書いていったのならロマン派の交響曲作家の一角を担ったかもしれませんね。この曲を聴くたびにそんな思いに駆られます。 余談ですが、今日、アルルの女が聴きたくなりCDを聴いていましたがその後でちょうどNHK・FMでも交響曲とアルルの女の放送がありました。今日はビゼーにちなむ何かの記念日なのでしょうか? ところで、私はビゼーではアルルの女の第1組曲「カリヨン(鐘)」の中間部のオーボエとフルートの2重奏が大好きです。こんなに優雅で美しくまるで明るい日差しのアルル地方を思い浮かべるような音楽を知りません。聴き終えてもいつまでも心に残る傑作だと思います。
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2007-01-12 Fri 17:32
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ドイツ・ロマン派の旗手といわれるシューマンは、大恋愛の末恩師の娘クララと結婚したことは有名ですね。苦労の末結婚できた喜びにあふれた彼はその年一年間に100曲あまりの歌曲を作曲しています。
彼自身がこの年のことを”歌の年”と言っているように、シューマンのめぼしい歌曲はこの年(1840年)に生まれました。彼の健全な精神の最も輝いていたときだったのでしょう。 その後、関心は交響曲に注がれて、交響曲1番4番2番と大作が次々と作られました。3番は最後の作品で1850年に作られています。 シューマンは晩年、精神に異常をきたしライン河に投身自殺を図るのですがちょうど船着場にいた船員に助けられて2年後に精神病院で亡くなるという悲劇的な生涯を送ったことでも有名です。シューマンの家系には精神病の血統があった事ということだし、子供にもその病気があったということです。 そういう先入観で音楽を聴いても、私にはさっぱり異常な音楽には聴こえないのですが、皆さまはどうでしょうか?交響曲に限って言えば第1番の幸せな「春」の雰囲気があふれているし、最後の交響曲3番は美しいメロディに富んだ素晴らしい交響曲ではありませんか。 少し晦渋な2番やロマンティックな幻想的な4番など、音楽史に残る傑作ですね。特に最後になったチェロ協奏曲は病魔と闘うシューマンの最後の精神の高まりが垣間見られ目頭が熱くなるほどの感動を覚えるほどです。 私はベートーベンほどは頻繁には聴きませんが、ときどき無性に聴きたくなるのは不思議な魅力のあるシューマンの作品です。
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2007-01-11 Thu 22:33
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成人式でお休みの今朝、NHKで日本音楽コンクール本選会の模様を放送していました。
ピアノ、バイオリン、クラリネット、声楽、トランペットの6部門で、各部門何百人もの中から勝ち残った6名による決勝大会でした。 6人に入る事すら難しいのに、本選はオーケストラをバックに協奏曲を演奏するのですからその緊張感は並大抵のことではないでしょうね。 ヴァイオリンは全員メンデルスゾーンの協奏曲で一人一人が緊張して演奏している様にとても感動しました。クラリネットはモーツァルトのクラリネット協奏曲で競っていましたが、トランペットでは課題曲がプロでも難しいと言う”ジョリヴェ”の曲で見ていてもどきどきハラハラの連続でした。 最年少は15歳の少女もいて、音楽家の低年齢化もどんどん進んでいる気がしました。高校生までにはほとんど完成していなければならないなんて、なんという過酷なことでしょうか。 これら、コンクールに選ばれた人たちは、子供時代の遊びたい盛りの年齢に必死に楽器を練習したのでしょうね。それを思うとなんか残酷な気がしますが、それでも選ばれた人は幸福な人で、本選にも選ばれないで落選した多くの音楽家の卵はどうするのだろうか?といらない心配もしてしまいました。 一人前の音楽家になるためには、両親の理解と経済力そして優秀な教師は絶対条件ですね。またこれらが揃っていても本人のやる気と才能がなければ成功しない、本当に険しい道なんだなあと今日のコンクールを見ていて感じました。
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2007-01-08 Mon 23:21
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朝は七草粥を食べて、今年の無病息災を願いました。外は昨日から北風が吹き荒れておよそ初春からはまだまだ遠い気候です。明日は成人式だそうですが日本列島はもっと冷え込むそうですね。
そんな昼下がり、ちょっと珍しい交響曲を聴きました。 リストのファウスト交響曲です。ゲーテの”ファウスト”をもとにしたこの交響曲は第1楽章《ファウスト》、第2楽章《グレートヒェン》、第3楽章《メフィストフェレス》からなっています。全曲で78分もある大作ですが、あまり有名ではありませんね。CDもあまり出ていなくて人気のないことがよく分かります。幻想交響曲のように標題交響曲なのですが特徴的な主題もなく全体の印象として、とても地味だからです。 ハンガリー狂詩曲をイメージして聴くと肩透かしを食らいます。第3楽章でようやく音楽は活気を呈し面白くなりますが、とにかく地味で哲学的な音楽なので大衆的な人気を博することは絶対にないと思われます。 でも私はリストの13曲の哲学的な交響詩が好きなので、この長大な交響曲も興味深く聴けました。 もし有名交響曲を聴くのが飽きた方は一度この交響曲と同じリスト作曲の”ダンテ交響曲”を聴いてみて下さい。じっくり聴くととても面白い曲ですよ。(ちょっと忍耐は要りますが・・・)
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2007-01-07 Sun 15:07
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今日久しぶりに、アンセルメ指揮のベートーベン交響曲を聴きました。
60年代の古い録音盤で長い間廃盤になっていましたが、数年前にCDとして復刻したのを買っていたものでした。 レコードのステレオが開発された頃ハイファイ録音で一世を風靡したアンセルメとスイスロマンド管弦楽団のレコードは、我々クラシックファンの垂涎の的でした。色彩感豊かなR・コルサコフのシエラザードやストラヴィンスキーの春の祭典などはベストセラーでしたね。金銭的に余裕のない学生だった私は、この頃もっぱら廉価盤ばかりを買っていたので、友人宅で聴いたアンセルメのベートーベンの第九を聴いた時のショックはいまだに忘れられません。 研ぎ澄まされた刀のように、クリアーな解釈に圧倒されてしまったのです。音楽以外の一切のものを取り払った純粋無垢な造形美が今まで聴いた演奏にはない魅力を感じたものです。 今回、久しぶりに聴いてみてもその時の印象は全く変わりません。 今日はベートーベン交響曲7番と8番を聴きましたが、現代的とも思えるそのドライな解釈はアーノンクールやノリントンの先駆けだとも感じました。とにかく、音楽がストレートで心に飛び込んでくるようです。 もう50年も前の録音なのに全く古さを感じさせない演奏は驚異的です。新年早々、今年はアンセルメをもう一度聴きなおしてゆこうと思いました。
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2007-01-04 Thu 22:54
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2007年明けましておめでとうございます!
先ほどまでクラシック・ファン待望のウィーンフィル・ニューイヤーコンサートがありましたね。今年は9年ぶりのズビン・メータの指揮でした。今回はめったに聴けない曲や、ヨハン・シュトラウスだけではなく弟のヨーゼフの音楽も多く取り上げられていましたね。 ウィーン・フィルは相変わらず美しい音色で、極東に住む我々日本にも同時放送で演奏を聴かせてくれました。 ところで、私の個人的なニューイヤー・コンサートは(といってもCDを聴くだけなのですが・・・)プログラムを紹介すると・・・ 朝一番に聴いたのは、新年にふさわしい爽やかな希望に満ちた雰囲気のモーツァルト:コンサート・ロンドK382でした。そのあとクラリネット協奏曲、ピアノ協奏曲第20番、とモーツァルトで始めました。 午後は、元気を貰う意味で、ベートーベン:レオノーレ序曲2番、シベリウス交響詩「フィンランディア」を聴き、今年一年への意気込みを再確認しました。これらは本当に心の底から力の出る音楽です。 そして最後はショスタコーヴィチの交響曲第8番で締めくくりました。これは強圧的な強制にも負けない強靭な魂の爆発を表わしたショスタコーヴィチの傑作なので久しぶりに聴いてみました。我ながら一貫性のない変な選曲になってしまいましたが無意識にこれら曲になったのです。 そして夜はテレビでウィーンからの実況放送を聴いた訳ですが今年も音楽三昧の幸せなお正月を迎えました。 明日は神社に初詣に行こうと思っているので、音楽はちょっとお休みになりそうですが・・・ところでクラシック・ファンの皆さまはどんな音楽を聴いてこの新年を迎えられたのでしょうか?
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2007-01-02 Tue 00:18
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| 夜想曲〜Nocturne〜 |
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