クラシック音楽ファンに贈る♪名曲案内♪
トゥオネラの白鳥
シベリウスの初期の代表曲「トゥオネラの白鳥」は民族的叙事詩「カレワラ」をもとにして作ろうとしたオペラの前奏曲として作曲されたのでした。
オペラは残念ながら断念しましたがこの8分足らずの交響詩は黄泉の国を流れる陰鬱なトゥオネラ河に静かにただよう白鳥をイメージする、美しくも悲痛な感情も込められた音楽です。


この前奏曲で始まるオペラはもし出来ていたとしたら、どれほど素晴らしい作品になっていたことでしょうか。残念でなりません。オペラ作曲の挫折の原因としては、フィンランドの作家エルッコの助言をもとにしたものの台本をシベリウス自身が行ったからではないでしょうか。専門的な劇作家の作る台本をもとにしていたら、作曲に専念出来て後世の我々にシベリウス独特のオペラを聴かせてくれたかも知れません。

音楽は初期の曲らしくメロディックでロマンの香りもたたえた非常に美しい音楽です。暗い弦楽合奏をベースに、コールアングレイ(イングリッシュ・ホルン)が奏でるメロディはシベリウスの全作品の中でも最も神秘的で美しいものだと思います。楽器の扱いも天才的でチェロ、ハープ、ホルンがこれ以上ないくらい効果的に使われており、後半に一瞬現われるほの暗い全合奏の盛り上がりは聴く者の感情を鷲づかみにするほどです。
CDはカラヤンの圧倒的または完璧な合奏を誇るベルリン・フィルの名演奏があります。


カラヤン/シベリウス管弦楽曲集

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テレマン水上の音楽
今日は久しぶりにすっきりと晴れ渡って、青空に入道雲がくっきりといかにも夏らしい風景が広がりました。気温も30度を超える真夏の天気となりました。こんな時には、海や川の涼しげな水が恋しくなりますね。

音楽では水にかかわる涼しそうな曲があります。「水上の音楽」です。この曲名で多くの方は”ヘンデル”を思い起こすでしょうが、私はテレマンの「水上の音楽」を思い起こしました。これは1723年にハンブルク海軍鎮守府の設立百年祭が催された時に作曲され、副題に「ハンブルクの潮の満ち干」とつけられています。

川から海に注ぎ込む水辺の風景からやがて広々とした海を思い起こすかのような優雅な調べの”序曲”を聴くなりこの音楽の虜になりました。
トランペット、ホルンと派手な金管楽器の鳴り渡るヘンデルの曲に比べて、ブロック・フルーテ、オーボエ、チェロがソロ楽器として演奏するので少し地味に聴こえるのであまり人気が出なかったのでしょうか?ほかに国内盤のカタログにはヴェンツィンガーとゲーベル指揮ほかのCDしかありませんでした。海外盤では他にも出ているのでしょうが、ヘンデルと比べて差がありすぎると思うのですが・・・・。(アマゾンで「水上の音楽」と検索したところ2百数十点出てきましたがニューロンドン・コンソートの一点しか出ませんでした。)
派手で一般受けするヘンデルの水上の音楽も素晴らしいのですが、テレマンのこの曲がヘンデルのCDの数ほどの差があるとは思えません。


これからは「水上の音楽」をリリースする時はヘンデルとテレマンを両方録音して発売して欲しいほどです。バロック音楽ファンならきっとこのテレマンの「水上の音楽」が好きになると信じています。まだお聴きになっていない方は一度聴いてみてください。着想の優美さ斬新な楽器の扱い方などきっと魅了されることでしょう。

テレマン/水上の音楽/ニューロンドン・コンソート
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梅雨明けの音楽〜フックト・オン・モーツァルト
とうとう梅雨が明けたようですね。今朝は久しぶりにセミの鳴き声で目が醒めました。朝の太陽が目にまぶしく「あー、やっと夏になったのだなあ〜」という実感がわいて来ました。
先日来の大雨で各地の災害が報道されていたので、心配していましたが、とりあえずの晴天でひと安心です。
でも、今日のニュースではまたフィリッピン沖に台風が発生していて、日本列島の上陸を狙っているようなので引き続き警戒は必要なようですね。

さて、今朝はからりと晴れ上がった空につられてモーツァルトが聴きたくなりました。そこでCDプレーヤーにかけたのは「フックト・オン・モーツァルト」という音楽でした。モーツァルトの全作品の中から、エッセンスのみを抽出した楽しい音楽集です。フックとは「引っ掛けるという意味で、モーツァルトの音楽の海から、魚を釣り上げるようにいい所取りをしたものです。
一定のリズムの刻む、シンセエサイザーの拍子をバックに一曲が数十秒以内に
まとめられたメロディが次々と現われてまるでモーツァルトの音楽の館に迷い込んだような気分です。全76曲のうちほとんどは知っているのですが、時おり知らない曲も現われてとても新鮮感があります。


こういう趣向の音楽は邪道かもしれませんが、聴いているうちにモーツァルトの偉大さと親しみやすさに改めて思い至りました。これほどの豊かな音楽が充満しているなんて驚くべき事です。たった数十秒の断片にも天才のひらめきが込められていて聴くほどに気分が高揚していくようです。
クラシック・ファンの皆様も一度こういう音楽を聴かれる事をお薦めします。
きっと期待を裏切らないと思いますよ!実に爽やかです。


羽田健太郎&アマデウス管弦楽団/フックト・オン・モーツァルト全76曲
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梅雨にぴったりの音楽〜ヘンデル?
まだ梅雨が明けていないのでしょうか?先日より「セミ」のフライング気味の鳴き声が聞こえて来たので、てっきり梅雨は明けたものと思っていました。
今朝は朝から しとしと、と静かに雨が降っています。こんな薄暗い午前中に聴く曲は?とCD棚をしばらく眺めて手にとったのは、ヘンデルの合奏協奏曲作品6でした。

この曲集は全12曲より構成されていて、長調、短調とほぼ交互にあらわれてそのつど雰囲気が変わります。長調の軽快な音楽の後にアンダンテやラールゴのもの想いにひたるしっとりした楽章があり、全曲が変化に富んでいます。
まるで陽のあたる明るいところと陽のかげる暗いところがあるように、音楽にもその情況が明確にあらわれていてひと時も飽きさせません。

特に窓の外の地面を打つ雨音を聞きながら、緩徐楽章のしっとりした音楽を聴きいていると不思議と気分が落ち着いてきます。
因みに私のお気に入りの演奏はマリナー指揮アカデミー室内管弦楽団です。

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涼しい音楽〜ショパン・ノクターン
しばらくはクラシック音楽の話題から離れていましたが、そろそろ元に戻りましょう。
10日間ほど[台湾]にいたのでクラシック音楽を聴くような環境ではなかったのですっかりご無沙汰してしまいました。というのは・・・
南国台湾は昼間は暑過ぎるので涼しくなる夜に活動的になり、毎晩遅くまで店が開いているし、呼び込みの声や音楽が鳴り響き静かな時はほとんどありませんでした。静かに音楽を鑑賞するなどというのは本当に難しい事でした。またバイクが多いのでエンジン音がうるさく一日中騒音がしているのです。(都会だけですが・・・)
日本に帰国してもしばらくは耳の奥がジ〜ンと鳴り響き、耳鳴りがしているほどだったのです。こんな台湾ではヘッドフォンで外の音を遮断して音楽を聴くしかありません。そうしないと部屋を締め切ってもクーラーないし扇風機の音がうるさくて微妙な音を聴く事は無理でした。
台湾にどれほどのクラシック音楽ファンがいるのかは知りませんが、一般家庭では静かに音楽を鑑賞する環境にはないことは確かです。


ところで、日本に帰国して一番最初に聴いた曲はショパンのノクターンでした。冷え冷えと冴え渡る月夜に静かにピアノの音色が悲しく響くノクターンは亜熱帯の喧騒の坩堝では味わえない音楽だと思ったからです。これを聴いてショパンとは清涼な冷え冷えした気温まで感じさせる音楽だとつくづく思いました。そして、やはり暑い国ではこんな曲は絶対に出来ないだろうな・・・などとも思ったのです。
寒く、暗い物想いに沈む夜があるからこそ、こんな曲が生まれたのでしょう。ショパンの美しい曲を聴きながら、音楽とは気候の影響は相当あるのだなあと思いました。暑い国では身体を動かせる音楽が多く生まれ、寒い国では思索にあふれた抒情的な曲が生まれると思ったものです。


アシュケナージ/ショパン:ノクターン全集

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ついに暴発!
今朝起きるなり、北朝鮮からのミサイル発射の報道で、びっくり仰天しました。
とうとうこの日が来たということです。世界中からの非難をあびることは承知のはずなのにこの愚行に出たということは、北朝鮮内部で思いがけない事態が起こったのでしょうか。
我々は、願わくはただのポーズである事を望むのですが、計り知れない恐ろしさを秘めた国です。どんな事態になるか想像も出来ません。


その昔、わが日本も暴走する軍部を抑えきれずに、不幸な戦争に突入したように北朝鮮政府が軍部を統制できないとなれば、隣国としては座して見ていられる筈はありません。

今晩の段階でも、あと2発のミサイルが発射される兆候があるとの報道がありました。こうして気楽にブログを書いたりして平和を享受している日本も今、際どいところでかろうじて平和を保っているのではないでしょうか?
窓の外では、梅雨の豪雨の雨音を聞きながら「平和というものの脆弱さ」をこれほど実感する事はありません。
政治に敏感な若い人たちもきっと同じ思いでいることでしょう。いまはただただ最悪の事態に至らないことを願うばかりです。

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ロケ地を訪ねる〜冬冬の夏休み
これは侯孝賢監督の初期の愛すべき秀作です。1983年に朱天文の子供時代をモデルに原作、脚色された作品でした。台湾中部にある苗栗県の銅鑼(トンロー)という町が舞台になっています。

映画のあらすじは・・・台北の小学校を卒業したトントンは妹のティンティンと二人、夏休みを田舎で開業医をしている祖父の家ですごすことになります。母が入院し、父は看病でつきっきりだからです(「となりのトトロ」にも似た設定ですね)。母方の叔父に付き添われ、台湾中部のトンローまでいくはずが、恋人と同行の叔父は無責任にも彼女の実家にある途中の駅で彼女を見送っているうち列車に乗り遅れ、二人は寂しく目的地トンロー駅に着きます。しかし、駅前で遊ぶ子供たちとすぐにうちとけ、車で追いついた叔父と、診療所となっている祖父の邸へ……。こうして素晴らしい休暇が始まるのです。
私は83年の映画「坊やの大きな人形」と、この作品が侯孝賢作品の中で最も好きです。ただ子供時代の懐かしさを描くのではなく、この夏休みの間、幼い兄妹の客家人家庭におけるひと夏を滋味豊かに描いた佳作です。また一昔前の日本にも似た自然や風景は陽光と郷愁をたたえています。しかし楽しげな子どもたちの川遊び、木登りなどのたわいもない児童映画を観るように和やかな視線を送っていたわれわれも、白痴の娘の登場や強盗犯を目撃したりする場面から、性の仄暗さや暴力、死の存在がふと画面に現われて、思いがけない作品の深みも知ることになるのです。固定カメラによる長回しが有効に生きており、冬冬たちともども大人の世界のありようを客観的に凝視する事になります。ロケは朱天文の祖父の診療所が使用されたということです。

写真は、その舞台となった診療所跡です。今では廃院になっており、将来記念館として残すということが書かれていました。立ち入り禁止ということだったので外観だけを撮りましたが、眺めていると中からいたずらもののトントンと妹のティンティンが飛び出してくるような気がしたものです。

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悲情城市〜侯孝賢作品のロケ地を訪ねる
今回の台湾旅行のもう一つの目的は、私の愛して
止まない「侯孝賢・監督」の作品の舞台を訪ねることでした。
日本でも多くの映画ファンに敬愛されている彼の作品の生まれた
ところをこの目で見てみたいと思ったのです。

1989年に発表された「悲情城市」は
イタリア・ベネチア国際映画祭グランプリを受賞した
事で世界的に一躍有名になりそのロケ地となった「九イ分
(九分と読みます)」というその昔、金鉱で栄えた町は、連日多く
の観光客でにぎわう名所になっています。今でも日本統治時代の
町並みが残り、若い人には新鮮な風景であり、お年寄りにはほろ
苦い郷愁が漂う町なのでしょうか.

この映画は日本でも上映されたので、
ご覧になった方もあると思いますが、1945年の日本の敗戦から、
台湾に蒋介石の臨時政府が置かれるまでの4年間の混乱と弾圧の時代
を描いた問題作でした。この作品の発表当時はまだ、このときの
大弾圧事件をおおっぴらに出来ない頃だったので製作には相当苦労
があったということです。港町キールンに住む大家族を襲った悲劇を
淡々と描いたこの作品は当時の人々の苦しみと恐怖がひしひしと感じ
られる映画でした。日本に長い間統治され、やっと解放されたと思う
と、今度は国民党中国の圧制に苦しむ台湾の悲劇がやりきれないほど
画面に描かれていて、静かな怒りの映画になっていました。

この映画を見て、どうしてこの悲惨な映画のロケ
地になった「九イ分」というところが観光地になったかは理解に苦し
むのですが、訪れてみて確かにここには今の台湾には少なくなった昔
の日本の姿が色濃く残っていました。坂道の間を民家が軒を並べその
多くが観光客目当ての店になっているのを見て、まるで京都のお土産
屋を歩いている錯覚に陥りました。有名な「茶楼」の窓から美しい夕
陽を眺めているとその昔の悲惨な出来事が信じられないほどののどか
さなのです。

九分の風景


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印象に残った台湾旅行
今回、久しぶりに台湾を訪れて、印象に残った事は・・・
まず第一に「町が清潔になった」ということです。以前では夜市のゴミが朝にはまだ残っていて悪臭を放っていたし、道路わきにはタバコ、空き缶などのゴミが散乱していたのに、この度はあまり気になりませんでした。ゴミの不法投棄の罰則が厳しくなったのでしょうか、見違えるほどきれいになっていました。

第二には「違法駐車が少なくなった」ということです。これも駐車違反を民間に任せてすぐに取り締まる事となったので、その成果が表れたのでしょう。以前は車道どころか歩道まで止めていたので、歩くのに邪魔になり、特に車椅子、乳母車などの通行は絶望的でした。今回はまだバイクや屋台が占拠していて歩きづらいのですが以前よりましになったと言うところでしょうか。この部分はまだ改革の余地があると思いますが・・・。
第三には「交通機関の充実」で台北市内でしたらほとんど地下鉄で移動が出来ます。このお陰で町の車、タクシーが少なくなったのでだいぶ交通渋滞が解消されたことでしょう。実際バスに乗っていても以前よりはるかに早く目的地に着きました。仏頂面の運転手のタクシーに乗らなくていいのが何よりも嬉しいことでした。

さて、他に印象に残ったのは・・・私がトイレに行った時、(そこでは手洗い場が一つしかなかったのですが、)小学生の子供が「先用」(お先にどうぞ)と言って譲ってくれた事が印象に残っています。日本では子供からこんな事を言われたことがなかったからです。またバスに乗ったとき男子学生が席を譲ってくれました。私が老いぼれて見えたわけではありません。台湾では自分より年上には席を譲ると言う事が当たり前のようです。何回も女の人に席を譲っている光景を見ました。日本ではこんな光景は見たことがないのでとても感動してしまいました。子供たちの姿で印象に残ったのは、「学生は学生らしく、子供は子供らしい」姿をしていたと言う事です。茶髪の生徒、化粧の濃い女子学生などいるはずもありません。そんな事をすればすぐに退学ですから。義務教育ではすぐに親に注意が行くと言う事です。

こんなことは当たり前の事ですが、最近の日本の学生の傍若無人ぶりは目にあまりますね。同じアジアの国、台湾の子供たちの「子供らしい姿」が特に印象深かったです。
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日本の昔の風景が見れる外国?
今日は台湾の中部地方にある隠れた観光名所をご紹介しましょう。
日本統治時代台湾でもっとも海抜の高い地点にあった鉄道の駅を見に行きました。「勝興駅」というの駅名です。日本時代は「十六イ分(分と読みます)」という駅だったそうです。ものすごい山の中を開拓して鉄道を開いた当時の台湾を偲びながら訪れました。着くとそこは両側を山に囲まれた瀟洒な駅で、日本の田舎の無人駅を彷彿とさせる懐かしい風景でした。今は既に廃線になっていて観光施設になっていますが、時々は蒸気機関車を走らせるそうです。

また近くにはレンガで作った鉄道の橋「龍騰断橋」があり1926年の大地震で何箇所かくずれてしまい今は6本の橋梁だけが残りローマの遺跡のような雰囲気をかもし出しています。眺めていても自然と調和していてなんとも言えない感動を覚えました。絵描きだったらきっと絵心をそそられるすばらしい風景だと思います。(下の写真)こうした日本統治時代の古い建物や遺跡を大切にしてくれている台湾は本当に親日的なのだなあと感じた一日でした。外国人観光客はほとんど見かけませんでしたが、たくさんの現地の若者が出かけており本当の台湾情緒が味わえる観光地だと思いました。
夕食は麓の町のこの地方に多く住む「客家人」の経営するレストランで名物料理を食べましたが、全て塩辛いものでした。なぜこんなに塩辛いのかと尋ねたところ、長い間経済的に恵まれていなかった「客家人」が少ないおかずでたくさんご飯を食べれるようにおかずが塩辛くなったと言う事でした。料理一つにも民族の歴史が詰まっているのだなあと感動しながら美味しくいただきました。

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日本語が通じる外国〜台湾
6月20日に友人の案内で中部にある観光地に行きました。「三義」という木の彫刻で有名な山あいの町です。高速道路で台北から2〜3時間ほどのところにあります。
日本統治時代には下駄の材料になる桐をたくさん植えていたので4月には白い花びらが雪のように降るので「4月雪」といわれる絶景が見られるそうです。木の名前は「油桐樹」といってこの木から油もとったという貴重な木だったそうです。そのため森全体がなんともいえない芳香を放っており気分が落ち着くから不思議なものですね。


ここは木彫が有名で木彫博物館があったり、「4月雪」の風景が見られる観光地なので公園の近くにはお土産屋がたくさんありました。土産物屋をウロウロして、家族で日本語で話していると近所のお年寄りが話しかけてきて、昔の話を聞かせてくれました。何十年ぶりかで日本語を話したといって懐かしそうにしてくれるのでこちらもうれしくなりました。ここは外国人が行く観光地ではないので日本人が珍しかったのでしょう。

台湾ではこういう場面によく出会います。みんなが日本が大好きだというのがにじみ出ていてこちらが感激することがいっぱいあります。特に私は日本人が行く観光コースをはずれたところばかりに行くのでそういうお年寄りによく会います。
買い物をしていても、どこでも店の奥からおじいさんおばあさんが出てきて、懐かしそうに日本語を喋りだすのでついつい長居をしてしまう事が多くあります。この「三義」のあたりは「客家人」が多く住み、言葉も北京語、台湾語とは違うので私たちは通じませんが、お年寄りとの共通語は日本語になるのでしょうか。彼らの片言の日本語は奇妙なものですが、おもてなしの心が感じられ心温まるひと時が過ごせるのです。


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世界一のっぽビルに登る
台湾に世界一高いビルがあるのをご存知でしたか?
せっかく来たので登ってみようと家族で訪れました。

夕陽と眼下に広がる街のネオンがきれいだと言うので、
世界一高いビル「台北101」には夕方着きました。
「バカとけむりは高いところに上がりたがる」の諺のとおり
私たちは父娘は高いところが大好きです。因みに妻は
高所恐怖症なので一階の喫茶店で待っているとのことでした。
せっかく来たのにもったいないと思いましたが仕方ないですね。
強制は出来ません。


展望台までエレベーターが直通で一人350元(1400円)でした。
エレベーターは35秒で何の揺れもなくあっという間に
390メートルもある展望台まで到着しました。今話題の
「シンドラー製」のエレベーターだったら怖いなあと思って
いましたが日本製だそうで安心しました。あまりにも急激に
高いところに来たので気圧の変化で耳がツ〜ンとしました。

展望台は360度見渡せてそれこそ、雲の上にいる
気分です。遠くの山がかすんで見え、眼下を蟻のように車が
行き交うのを見ると自分がまるでガリバーになったような
錯覚に陥ります。さすが観光地とあって多くのおのぼりさんや
外国人観光客でにぎわっていました。その日はあいにく曇って
いて見晴らしは良くありませんでしたが、世界一のビルにいる
という気分だけで何となくうれしいものでした。

展望台はガラス張りなので、風は感じられませんが
後100元出すと、階段で3階上の野外展望台に上がれます。
私たちはせっかく来たのだから「世界一高いビル」に吹き込む
風を体感したいと思いあがりました。ここはさすがに人は少なく
眼下は安全の為覗き込めませんでしたが、遠くの風景が見え、
何よりもひんやりした風を体感できたのがうれしかったです。
皆様も台湾に来られる事ありましたらぜひとも世界一の高さを
実感してください。


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